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我孫子香取神社 御朱印/千葉県我孫子市 [御朱印 神社 千葉]

我孫子香取神社御朱印

我孫子香取神社御朱印.jpg


【神社概要】

■我孫子香取神社(あびこかとりじんじゃ)

創建年:不詳

御祭神:経津主命

旧社格:村社

例大祭:11月3日

参拝日:平成30年1月2日


【我孫子香取神社御由緒】




ここに香取神社を奉斎したのは将軍吉宗の頃です。享保年代(1716~)の頃ですが、当時の状況は不詳です。天明8年(1788)の「我孫子村村差出明細帳」及び文化6年(1809)の同村「村方明細書上帳」には、当村の「鎮守七ヶ所」とあって、当社はその中の一社であったと考えられています。それが天保9年(1838)の「村差出書上帳」には「当村鎮守、香取大明神壱ヶ所」と記されていて、従来の各所鎮守七カ所のうちで、当社が全村の鎮守となったことが分ります。
旧社殿は、文政10年(1827)の我孫子宿の大火で類焼、天保年代に復興しました。この時、天子山旧在の天子社他四社を合祀、氏子の組織も拡大強化されるに至ったと考えられます。明治の「神社明細帳」には「我孫子宿字宮脇、村社香取神社」と記され、「社殿間口壱間 奥行壱間三尺 拝殿間口四間三尺 奥行四間」とありますが、ここに「社殿」とあるのは天保年代に復興した一間社流造の本殿のことで、今は神社殿の内部に旧来の姿のまま納められています。
現社殿は、権現造、銅板葺、鉄筋コンクリートの新建築で、昭和56年に造営費7,575万円をもって新築されました。拝殿は、切妻造、向拝付で、正面540cm、側450cm、渡殿は拝殿より一段高くなり、本殿部分は流造で棟に千木と勝男木を置きます。その部分は、天保年代に再建された旧来の本殿をそのまま納めるように、棟の高い建物に造られています。
境内地は、もと手賀沼に臨む台地の端で、今も鳥居の前の道は窪地に下る急坂となっています。境内のケヤキの大木は、大正12年に苗木を50本植栽したのが成育したものです。


【我孫子香取神社御朱印授与所】

社務所前仮設テント、初穂料:300円

※正月三が日、4~7月・9月~12月の第一土曜日のみ

御朱印帳あり、初穂料:2,000円(株式会社長田製紙所)


【神社情報】

鎮座地:千葉県我孫子市緑1-6-8

最寄駅:JR常磐線我孫子駅

駐車場:なし



千葉県我孫子市に鎮座する我孫子香取神社の御朱印です。地元では住所から緑香取神社とも呼ばれています。江戸時代、水戸街道我孫子宿の鎮守として、また我孫子村の総鎮守として地元住民より篤く崇敬を受けていました。明治四十五年には天子社、三宝荒神、稲荷神社など十二社を合祀しています。


神社の鎮座地は手賀沼を望む高台の端にあたり、参道前は窪地になり、手賀沼へ向かって坂道が続いています。かつては手賀沼がこのあたりまで入り込んでいたものと思われます。


我孫子宿は江戸時代、何度か火災に遭い我孫子香取神社も社殿が焼失するという被害にあっています。天保年間に一間社流造の本殿が再建されましたが、明治三十六年に拝殿が火災に遭い、明治四十一年の拝殿再建の際、その後方に旧来の流造本殿を拝するという社殿構成となりました。現社殿は、昭和五十六年に新築されましたが、天保年代に再建された旧来の本殿をそのまま納めるように、棟の高い建物に造られました。


明治期の「神社明細帳」には、近くに鎮座する白山八坂神社と同じ氏子170戸が記載されており、その関係の深さがうかがえます。今でも7月第三土日に開催される夏祭りは白山八坂神社と合同開催となっています。


近年、神社復興の一環として地元の有志団体が毎月土曜日に朝市を開催するようになり、神社にも活気が戻ってきました。御朱印も、この朝市開催時にいただくことが出来ます。



【我孫子香取神社地図】



【我孫子香取神社画像】

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