SSブログ

胎安神社 御朱印/茨城県かすみがうら市 [御朱印 神社 茨城]

胎安神社御朱印

胎安神社御朱印.jpg


【神社概要】

■胎安神社(たいやすじんじゃ)

創建年:天平宝字6年(763年)

御祭神:木花開耶姫命、経津主命

旧社格:村社、延喜式内小社(論社)

例大祭:3月3日(現在は3月第一日曜日)

参拝日:平成29年2月18日

ご利益:胎内安全、安産育子、流産除け


【胎安神社御由緒】




創建は、奈良時代、天平宝字6年9月(763年)と伝えられています。西暦741年の聖武天皇の勅願により、国分寺、国分尼寺が全国各地に建立されました。常陸国府中(石岡市)に建てられた20数年後の頃です。
社伝によると、御神体は、鏡(藤原政重の銘)で、初めは、下総国香取神宮の神(経津主命)を祀り、相殿に、山城国葛野郡(京都嵐山)梅宮大社の御分霊として、胎内安全の神(木花咲耶姫命)を祀りました。この時、4月8日(現在は3月3日)を胎安神社の例祭と定められました。
天喜2年(1055年)鎮守府将軍陸奥守・源頼義、義家父子が、奥州征討の時、隣村の下雫村(下志筑)在陣中に、胎内安全、安産子育守護の霊験著大なることを聞き、都にいる御内室の懐胎を遥想されて、神主を招き、安産祈願を執り行いました。康平6年(1064年)大任遂行の帰路、当社と子安神社に奉賽すなわち、お礼参りをされました。この時の「太刀一振り」の奉納札が残っています。その後、義家の嫡男誕生の9月9日を記念日として祭日に定めたとされています。尚、この時以来、義家の家紋である笹竜胆の紋章の使用を許されました。その後、常陸国内は、戦乱が続いたためか、数百年間の詳しい社伝がありません。1500年頃から、遷宮、改修、裁許(宮司任命状)、安産祈願、奉賽などの記録が、棟札、古文書などに残っています。


【胎安神社御朱印授与所】

社務所、初穂料:300円

御朱印帳あり、初穂料:2,000円


【神社情報】

鎮座地:茨城県かすみがうら市西野寺434

最寄駅:JR常磐線石岡駅、高浜駅

駐車場:あり



茨城県かすみがうら市に鎮座する胎安神社の御朱印です。『延喜式神名帳』にある「夷針神社(常陸国・茨城郡)」に比定される式内社小社の論社。他に論社として名前が挙がる神社はかすみがうら市の子安神社、石岡市の足尾神社、笠間市の飯綱神社、茨城町の夷針神社がある。


創建も古く聖武天皇の勅願により常陸國府中(石岡市)に国分寺、国分尼寺が建立されて20数年後になります。初め経津主命を祀り、相殿に山城國葛野郡梅宮神社(酒解神)の分霊として胎安の神を祀っています。その後、胎内安全・安産育子・子授け守護の霊験著大であることから、代々の領主の御内室の安産祈願、姫君安産の報賽があったとのこと。


境内には神社の歴史とともに歩んできた木が二つあります。ひとつは「子持ち松」、神社の歴史と共に成長してきたご神木ですが、今から百数十年前(明治時代)に、惜しくも枯れてしまいました(当時樹齢500年)。「石(子)を抱いた珍しい松」ですが、その後も、ご利益(りやく)に、あやかるために、お参りに来られる方が続いています。


もうひとつは「不老長寿の杉」、拝殿前にあり、根元が固められているためか、成長が遅く、樹齢が経っている割に、大木ではありません。杉皮の一片を衣服に縫い入れ着用すると、長寿を保ち、常に溌剌たる元気を保ち続けられると言い伝えられています。


神社へは石岡駅からバスでの移動が便利です。本数が少ないため事前に時間の確認は必要です。御朱印は社務所でいただくことが出来ます。また、兼務社12社の御朱印もいただくことが出来ます。御朱印帳はハローキティーがデザインされた御朱印帳が用意されています。



【胎安神社地図】



【胎安神社画像】

1IMG_9306.jpg


1IMG_9329.jpg


1IMG_9335.jpg


1IMG_9342.jpg


1IMG_9356.jpg


ぽちっとしていただくと励みになります~♪








スポンサーリンク








nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:旅行

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。